先日お知らせ致しました、花幻忌の集いの会場が変更になりました。
(岸田首相来訪が決定し、警備の必要から)
会場は平和公園内、平和記念資料館から徒歩1〜2分の場所にある
国立広島原爆死没者追悼祈念館 研修室です。
(レストハウス南)
https://www.hiro-tsuitokinenkan.go.jp/
時間やプログラムに変更はございません。
(13:30開始)
急な変更で申し訳ございません。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。 広島花幻忌の会
先日お知らせ致しました、花幻忌の集いの会場が変更になりました。
(岸田首相来訪が決定し、警備の必要から)
会場は平和公園内、平和記念資料館から徒歩1〜2分の場所にある
国立広島原爆死没者追悼祈念館 研修室です。
(レストハウス南)
https://www.hiro-tsuitokinenkan.go.jp/
時間やプログラムに変更はございません。
(13:30開始)
急な変更で申し訳ございません。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。 広島花幻忌の会
3月に入り、漸く寒さが緩んで参りました。皆さまいかがお過ごし
でしょうか。
連日のように報道される、ロシアのウクライナへの軍事侵攻の模様
に心痛む日々の中、今年も3月13日の民喜命日「花幻忌」が近づいて
参りました。
会では既に昨年末より3/13(日)の午後を予定し、準備を重ねておりまし
た。しかし、広島県コロナウイルス蔓延防止期間が終了決定した今日
現在も、依然として感染者数は高止まり状態が続いております。
当会は高齢者の会員が多いこともあり、開催に関してぎりぎりまで
様子見をしておりましたが、現在の感染者状況を鑑みた結果、開催を
3月26日(土)に延期することに決定致しました。
諸連絡が遅れましたことを、この場をお借りしてお詫び申し上げ、
併せて以下、延期開催のお知らせを掲載致します。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
2022年 原民喜没後71年「花幻忌の集い」ご案内
日時 3月26日(土) 13:30〜 (予約不要・入場無料)
場所 平和公園内
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 研修室
プログラム
① 献花・黙祷・開会の言葉
② 作品朗読
③ 記念講演 「『せとうち文学叢書 広島・宮島編』原民喜集を編む」
講師 安田女子大学文学部日本文学科 外村彰先生
④ 「ユネスコ世界の記憶」申請報告続報などお知らせ 広島文学資料保全の会
⑤ 事務局よりお知らせ・閉会の言葉 (終了予定 15:30頃)
記念講演には、この春刊行される『せとうち文学叢書 広島・宮島編』(全七冊)
を編纂された、安田女子大学の外村彰先生をお招きしております。
「せとうち文学叢書」は、既に第1期「呉・江田島・芸南編」全八冊が刊行されて
おり、今回「広島・宮島編」七冊(うち一巻は「原民喜集」)が加わり、全15巻の
シリーズとなる予定です。
主な刊行委員は、外村先生と安田女子大の学生たちで構成する約10名。
安田女子大学で、会が編集・発行した「原民喜初期作品集 死と夢・幼年画」
をテキストにした演習を受講した学生たちが、先生と一緒に作業を進め、この度
無事刊行の運びになりました。嬉しいニュースです。
26日は、叢書の特色や編纂経緯などを、外村先生に詳しくお話頂く
予定にしております。
また民喜作品や、反戦詩・平和へのメッセージなど、朗読コーナーへの参加
者も同時に募集しております。
ご参加をご検討くださいますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
広島花幻忌の会 事務局長 長津功三良
問い合わせ📞090-9065-5345
hananomaboroshi@yahoo.co.jp
早いもので今年ももう直ぐ師走を迎えようとしております。
皆さまお健やかにお過ごしでしょうか。
会では去る11月13日(土)、広島平和資料館会議室にて原民喜
生誕祭を開催し、無事終了致しました。
原民喜の誕生日は11月15日。
没後70年の今年は、生誕116回目に当たります。
コロナの状況が少し落ち着いてきたこともあるせいか、直前の
お知らせにもかかわらず、50名を超える方々がご参加くださいました。
皆さまのご厚意に感謝しつつ、以下写真と共にご報告させて頂きます。
先ず恒例の献花・黙祷。
戦争や原爆で亡くなられた方々に、鎮魂と平和への祈りを捧げます。
続いて音楽家で宮島観光大使でもある、白井朝香さんの奏でるシターの調べにのせて、会有志による原民喜の詩の朗読を。
朗読作品は、「碑銘」・「かけかへのないもの」・「永遠のみどり」など。
穏やかで優しいシターの音色が詩句と溶け合い、極上の時を醸し出します。
朗読の間には、シター独奏も交えて。
曲名は、世界遺産・宮島からモンサンミッシェルに捧げるために白井さんご自身が作曲した「祈りの島」。
後で予定されている舩附洋子さんの講演、「原民喜が辿った大正時代の厳島」とも重なり合う、心憎いセレクトです。
会場内の皆さんもうっとり聴き入っておられます。
次に、飛び入り参加してくださった、朗読グループ・Reading Notte代表の多和田さち子さんによる、原民喜童話「山へ登った鞠」の朗読。
弾む鞠のように軽やかでリズミカルな朗読に、主人公の少年や鞠を取り巻く情景が見事に蘇りました。多和田さん、素敵なひとときを本当にありがとうございました。
朗読の部のラストは、多和田さんのReading Notteに所属して日々朗読の研鑽を重ねている、会員の高田裕志さんが、原民喜初期作品「幼年画」所収「不思議」抜粋を。
抜粋部分は、後に続く舩附さんの講演内容に関連する部分です。
子ども時代の民喜の眼に写った、大正時代の宮島。細やかな描写は、まるでビデオフィルムを見ているよう。当時の情景が、聴く人たちの心の中に活き活きと浮かび上がってきます。正確なアクセントや抑揚、区切り方など、言葉に誠実に向き合う朗読が、聴く者の心に情景をごく自然な形で喚起させます。しっとりと落ち着いた味わい深い朗読に、目を閉じて情景を味わう方々も多く見られました。朗読の醍醐味溢れる贅沢な10分間、高田さんに感謝です!
休憩を挟み、宮島に生まれ育った宮島歴史研究家であり随筆家・詩人の舩附洋子さんによる「原民喜が辿った大正時代の厳島」のお話を。
先に紹介しましたように、原民喜の戦前の作品「幼年画」所収の「不思議」に纏わるお話です。
主人公は、幼い頃の原民喜をモデルにしたと思われる少年・雄二。家族と一緒に汽車と船を乗り継いで、厳島に行楽に行く話です。少年の眼に映った情景がそのまま描写されており、子ども心を幻惑させる厳島の様子が、煌めくように繊細な筆致で描かれています。
舩附さんは、沢山の写真をスクリーンに映写しながら親しみ易い語り口でお話しくださり、何とも楽しく興味深い宮島の文学探訪。あっと言う間に1時間が過ぎてしまいました。
今と昔では厳島も様変わり。現在は生息する動物や街路、風俗も変化しており、地理的にも理解が難しい箇所も所々見られる「不思議」。その不思議を、舩附さんが見事に読み解いていってくださいます。
お話の最後には、原時彦さんが民喜と宮島に纏わるエピソードを紹介。民喜は宮島に対する愛着が非常に強く、折に触れては宮島に足を運び、八幡村に避難していた頃もこっそり宮島に行っていたのだとか。紅葉の中、戦前の穏やかな生活を回想していたのかもしれませんね。
最後に、広島文学資料保全の会代表の土屋時子さんから、ユネスコ「世界の記憶」への、原民喜、栗原貞子、峠三吉らのヒロシマ文学資料登録申請の結果についての報告がなされました。
皆さまもマスコミ報道などでご存知の通り、国内選考2件には残念ながら落選。
原さんは「もう一度チャレンジさせてください!」と、力強い意思表明。ヒロシマの惨禍の記録を、世界の人々と共有することは、平和への貴重な一歩になるはずです。
https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?peacemovies=2021-8
今回は全部で11件の登録申請があったそうですが、その詳細や選考過程は非公開とか。次回の再挑戦に向け、是非とも諸情報の開示をしていただきたいものですね。
沢山の方々にご参加いただき、和やかで心温まる集いを無事開催できましたことに、心から感謝申し上げます。
民喜もきっと喜んでいることでしょう。
なお、今年は秋口までコロナウイルス感染症が拡大していたため、公募という形での文学散歩は実施しませんでしたが、個人あるいは小グループからの要望に応える形での小規模文学散歩は、引き続き継続実施しております。
(写真は民喜生誕日に併せ、遠路東京から来広されたA子さんとの文学散歩の様子です。)
フィールドワークは、ご希望に応じて随時開催しています。また会が発行しました原民喜初期作品集「死と夢・幼年画」も、送料・税込頒価1000円にてお分けしております。
興味・ご関心おありの方は、事務局までお問い合わせ下さい。
連絡先:広島花幻忌の会事務局長 長津功三良
電話 090-9065-5343
mail: hananomaboroshi@yahoo.co.jp
向寒の折、皆さまもお身体にお気をつけてお健やかな冬をお迎えくださいませ。
# 原民喜 # 花幻忌 # 永遠のみどり
# 不思議 # 幼年画 # 平和 # 祈り # 碑銘
2021年 原民喜生誕祭のご案内
急に肌寒くなって参りましたが、皆さまお健やかにお過ごしでしょうか。今年も原民喜生誕日(11月15日)が近くなって参りました。没後70年の今年は、彼の生誕116年に当たります。新型コロナウイルス感染症も漸く少し落ち着いてきましたので、今年もささやかな生誕祭を開催することを決定致しました。
今年は原民喜と宮島を中心に。宮島観光大使で音楽家の白井朝香さんの奏でるフランスシターの音色にのせて、原民喜の詩作品を朗読。その後、詩人・エッセイスト・宮島歴史研究者の舩附洋子さんによるお話を予定しております。舩附さんは先祖代々宮島で暮らしてきた家系に育ち、長く宮島の歴史に関する研究を続けておられます。
今回は、舩附さんのガイドで原民喜初期作品(『幼年画』所収「不思議」)に描かれている戦前の厳島を辿ります。原民喜初期作品は、戦前の広島を鮮やかに描写しており、かつての暮らしや風景を垣間見ることのできる、貴重な記録でもあります。
秋は諸行事も多くお忙しいことと存じますが、ご都合をご検討の上、是非お越し下さいますようご案内申し上げます。
(※ 予約不要・入場無料。各席の間は広く取り、消毒液などを準備致します。マスクは各自でご用意ください。受付では連絡先のご記入をお願い致します。)
日時 11月13日(土) 午後2時〜4時頃
広島平和記念資料館 地下会議室2
(電話 082-241-4004)
【 プログラム 】
①献花 黙祷 開会の挨拶
②朗読 シター奏者・白井朝香さんの演奏にのせて 詩「永遠のみどり」他 飛び入りの朗読も歓迎いたします。奮ってご参加ください。)
③ 記念講演 「原民喜が辿った大正時代の厳島」講師・舩附洋子さん
④ ユネスコ「世界の記録」登録申請の報告
⑤ 事務局からお知らせ
講師 【 舩附洋子さんプロフィール 】
1952年、宮島生まれ。詩人・随筆家、歴史研究者。
先祖代々宮島で暮らしてきた家系に育つ。宮島にこだわり写真を撮り続けた父・舩附理人から宮島の粋を学び、まだ知られざる宮島を、現代詩やエッセイに綴り続ける。
詩集「蒼い薔薇」、「厳島新絵図」など著作多数。中国新聞文化センタークレド教室講師も務める。
シター演奏【 白井朝香さんプロフィール 】
広島在住のヴァイオリン・シター奏者。エリザベト音楽大学卒業。1988年〜94年、新広島フィルハーモニー管弦楽団の主席奏者。2003年フランスシターと出会い、2009年世界平和記念聖堂にて行われた「原民喜生誕祭」にてシター奏者としてデビュー。広島から平和への思いを伝える活動を開始。2013年宮島観光大使に任命され、世界遺産厳島神社にて奉納演奏。
音楽を通じた国際親善にも努めており、国内外での演奏を精力的に行なっている。
今年2021年は原民喜没後70年。彼の命日である3月13日(日)、広島平和
公園原爆ドーム東側にある原民喜詩碑前で花幻忌の集いを行いました。
お知らせが遅くなりましたのにも関わらず、多くの方々にご参加頂き、
心温まる素晴らしい集いになりました。
没後70年が経っても、色褪せることのない原民喜の言葉。
その響きの中、参加者皆が平和への祈りを新たにした思いでした。
皆さまのお力添えに厚く感謝申し上げます。
以下、写真・動画と共にご報告を申し上げます。
広島花幻忌の会長津功三良事務局長による開会の辞。
原民喜の詩碑は、公園の植え込みの石垣に腰を下ろし、原爆ドームを
背景に静かに言葉を味わうため、道路の方に表面が向いています。
(当日は原爆ドームの補修中で足場が組んでありましたが、
先日足場が取られたので、再度撮影しました。)
碑の側には英文訳も。
裏面には、佐藤春夫の追悼文が。
最初に献花を。
吉田仁美さんの奏でる厳かなピアノ曲が流れる中、
参加者の方々も後に続きます。
今日は没後70年記念のため、会のパネルも添えています。
続いて、ソプラノ歌手・乗松恵美さんによる「永遠のみどり」の
献唱。美しく澄み切った声が、強く優しく場内に届きます。
歌は、原民喜の詩に彼の次兄である原守夫さんが曲をつけたものです。
ご遺族の方々はもちろんのこと、会でも長く歌い継いできています。
当日は薄曇りのお天気でしたが、時折温かな陽射しが降り注いできます。
美しい歌声の中、天から光が差してくるような…。
空間に流れる歌声は、集った皆の平和への祈りを包み、ともに音色に紡いで
ゆくように響いてきました。
詩碑の中、民喜も微笑んでいるように思えます。
続いて、広島市内の高校生、市内出身の大学生による、民喜作品の朗読メドレー。
リーダーの中原奏さんは会員の母親の影響で、小学生の頃から朗読会に参加。
昨年春からは大阪の大学に進学して平和に関する勉強を続けています。
今でも帰省の度に花幻忌の会で朗読を。
高校生たちは学校で原民喜について学び、花幻忌制作のDVDの原時彦さんの
メッセージに感銘を受けての参加。今回で3回目の朗読です。
「私たちにできることは、ささやかなことかも知れません。
でも、みんなの小さな一歩が平和を作ると信じています!」頼もしい言葉ですね。
当日配布のパンフは、裏方担当の中学生、片山愛里紗さんが作成。
ブログのシステム管理もしてくれています。
片山さんは、4月から高校生。当ブログの主任システム管理者に任命されました。
本当にいつもありがとう!!
広島花幻忌の会は、民喜の言葉によって結ばれた、様々な年齢層の会員によって運営されています!
30年以上前ワルシャワ大学の学生であった時、母国ポーランドで原民喜の作品に
出会ったウルシュラ・スティチェックさんは、ポーランド語で民喜の詩を朗読。
彼女は来日して広島大学に学び、民喜に関する論文で博士号を取得。
現在は広島大や県立大をはじめとする県内の大学で教鞭を執っています。
心のこもった素晴らしい朗読でした。
フィナーレは、作曲家の尾上和彦さんが民喜の詩に曲をつけた、
新しい「永遠みどり」の献唱です。(ソプラノ 乗松恵美さん ピアノ 吉田仁美さん)
乗松さんは、演奏活動や音楽を通して平和を広める活動を長年継続されています。
平和への祈りが歌声に込められ、未来と、そして世界に向かって響きました。
永遠のみどり
ヒロシマのデルタに
若葉 うづまけ
死と焔の記憶に
よき祈よ こもれ
とはのみどりを
とはのみどりを
ヒロシマのデルタに
青葉 したたれ
※ 関連記事 https://mainichi.jp/articles/20210313/ddl/k34/040/404000c
平和を願って集い、共に唱和した参加者お一人お一人の祈りが、
民喜の言葉とともに結びつき、響きあった集いでした。
この祈りが、どうか永遠に未来へと届いていきますように…。
皆さまのご協力に心から感謝致します。
本当にありがとうございました。
※なお当日はこの集いの後、近くの国立原爆死没者追悼祈念館にて
原民喜没後70年記念朗読会(広島花幻忌の会協力)も行われました。
この模様は次のブログでご報告いたします。
※当日の様子は報道各社によっても伝えられました。
https://www3.nhk.or.jp/ hiroshima-news/20210314/ 4000011373.html
●平和願う遺志受け継ぐ 広島出身の作家・原民喜没後70年で誓い(毎日新聞) https://headlines.yahoo.co.jp/ hl?a=20210313-00000044-mai- soci
●「死と焔の記憶に…」原民喜没後70年 次代につなぐ被爆作家の言葉 | 中国新聞デジタル https://www.chugoku-np.co.jp/ local/news/article.php? comment_id=734892&comment_sub_ id=0&category_id=112
●朝日新聞2020年3月18日 朝刊
乗松恵美さんブログ
https://www.eminorimatsu.com/post/2021-3-13-原民喜没後70年-碑前祭
# 花幻忌 #永遠のみどり #原民喜
#平和 #朗読 #原爆小景 # 夏の花
原民喜没後70年を迎えて
ー春の碑前祭 • 記念イベントー
昨年以来のコロナ禍の中、皆さまにはお元気にお過ごしでしょうか。医療従事者の方々、また感染症に罹患された方々は大変な日々をお過ごしのことと拝察致します。ヒロシマの災禍に遭われた方々のご冥福と併せ、皆さまのご健康をお祈り致します。
さて、来たる3月13日は原民喜の命日、特に今年は彼の没後70年に当たります。わが「広島花幻忌の会」は、2000年の民喜50回忌に発足以来、原民喜文学の研究・継承に努め、「新編原民喜詩集」再版や「原民喜初期作品集」刊行、機関誌「雲雀」(現在資金不足のため休刊中)や会報「近状通信」の発行、また毎年3月の碑前祭・11月の生誕祭、8月の朗読の会(「広島文学資料保全の会」との共催)、文学散歩の会などの活動を続けて参りました。原民喜にとって没後70年、会にとっては2001年の没後50年記念行事以来の大きな節目です。
ただ広島県もなかなか感染症が収束せず、事務局も感染症の状況をぎりぎりまで様子見しておりましたため、企画やご案内が遅れてしまいました。お詫び申し上げます。2月頃より広島市の感染状況が少し収まってきましたので、ささやかな集いを執り行うことに決定致しました。
以下ご案内致しますので、ご都合のつく方は、お身体に十分注意した上ご参加頂けましたら幸いに存じます。ご検討のほど宜しくお願いいたします。
広島花幻忌の会 事務局長 長津功三良
日時 3月13日(土)午後1時15分~(30分弱程度)
プログラム 開会の言葉
黙祷・献花
作品朗読
原民喜「永遠のみどり」献唱 歌い手:乗松恵美さん
伴奏:吉田仁美さん
閉会の言葉
https://video.mainichi.jp/detail/videos/文芸/video/6237056121001?autoStart=true
↑原民喜の詩「永遠のみどり」に民喜次兄の原守夫さんが作曲した歌を、原時彦さんが歌っておられます。
上記の毎日新聞Webサイトお聴きになれます。
※作品の朗読は、どなたでも歓迎致します。但し時間の都合上、
事前にご連絡いただけましたら幸いに存じます。
ご連絡は会事務局までお願い致します。(担当小野📞 090-1181-3075)
【 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館主催
ー原民喜没後70年記念朗読会ー (協力:広島花幻忌の会) 】
日時 3月13日(土) 午後2時~(1時間程度)
ところ 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館 研修室1 ,2
内容 「夏の花」朗読と遺族•原良子さんの口述記録「もう一つの夏の花」朗読
碑前祭後は、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館主催の原民喜没後70年
記念行事が企画されており、会は協力という形で参加いたします。
この行事では、原民喜が「夏の花」に描いた場面を、民喜と共に体験した
原良子さん(原時彦氏母)の口述証言書きおこしの朗読が予定されています。
良子さんは「夏の花」で次兄の妻「嫂」として描かれており、既にご存命
中に自身の被爆体験を手記として発表されています。しかし、詳細な口述
証言も残されていたことは、皆さまも殆どご存知ないことでしょう。
今回は、この貴重な証言の書き起こしを、原良子氏御子息・原時彦氏の
朗読によって再現いたします。(証言は長いため、一部抜粋を朗読。)
内容詳細は会の研究班にて分析継続中ですが、大変貴重な記録です。
碑前祭・追悼祈念館記念行事どちらも、どなたでも無料で参加可能です。
皆さまもどうぞご予定をご検討の上、ご参加くださいますよう、ご案内
申し上げます。
(追悼祈念館行事参加予定の方は、できれば事前のご予約をお願い
いたします。)
広島原爆死没者追悼平和祈念館
会報から一部抜粋 🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱
○ 秋の文学散歩 (2020.11.1)
今年は春に予定しておりました文学散歩を延期、11月に定員15名限定で行いました。秋の優しい日差しの中、心温まるアットホームな散策を行うことができました。コロナウイルス対策へのご協力を下さった参加者の皆さま、ご支援くださいました地域の方々に心からの感謝を申し上げます。
《コース 原民喜被災地(幟町)~京橋~橋本町厳島神社~原民喜ゆかりの被爆柳
⌘ 参加者の方からの声 ⌘
『 幟町から橋本町~上幟町辺りは、職場付近でもあり見慣れた街です。川辺の風景や何気ない街の様子にも落ち着きを感じて、以前からいいなぁと思っていました。
が、今回の文学散歩に参加し、戦前の街並みや風景を想像しながら歩いてみて、益々その感を強くしました。原民喜の文章を現場で聴きながら歩いていると、戦争や原爆で失われたものがどんなに大きかったかをしみじみ感じます。風景とともに思い出される親しい人たち、幼少期の夢想を育んだ川や街並み…。懐かしい記憶を塗り潰され、奪われてしまったような痛みを、肌で感じた思いでした。
当日は気候もよく、解説を聞くのも歩くのも苦にならない良い散歩でした。また、機会があったら参加したいと思っています。』 平木久恵さん(季刊グランデひろしま編集長)
『 From the delta of Hiroshima where green
leaves glisten, may peace spread to all the world
(青葉したたるヒロシマのデルタから、世界中に平和が広がることを心から願っています。) Peter Chordas 』
ピーター•コーダスさん( コピーライター、通訳者グループリンクヒロシマ所属)
嬉しいお便り、ありがとうございました。文学散歩は今後も開催予定で、毎回少しずつコースに工夫を凝らし、リピーターの方にも楽しんでご参加いただけるよう企画をしております。次回の期日やコースは、ブログまたは会報にてご案内致します。
なお、「文学散歩の会」や生誕祭の模様は「広島花幻忌の会ブログ」に詳しい報告を掲載しております。「広島花幻」でご検索の上、是非ご覧ください。
○秋の生誕祭 (2020.11.15)
昨年度は原民喜の誕生日11月15日が日曜日に当たっており、珍しく誕生日当日に生誕祭を行い、民喜文学を愛する方々が会場(広島市中央公民館)に集いました。
朗読のテーマは、小説と詩双方の「永遠のみどり」。詩は広島市内の高校生2人、小説は会員の高田裕志さんによる朗読です。皆さまご存知の通り、「永遠のみどり」は、原民喜が昭和25年春、自身の最後の帰省をした折の出来事を基に描いた作品。朗読後は原時彦さんから当時のエピソードをお聞きし、作品背景への理解をより深めた思いでした。
その後、会場である中央公民館付近に開設されたばかりの「基町資料室」を運営されている「基町プロジェクト」スタッフの片島蘭さんから資料室の概要を。昔の基町の様子を記録した写真や資料、市営基町アパートの模型なども展示され、小さいながらも充実した展示内容です。「今後はイベントや企画展も予定しています」と、片島さん。これからが益々楽しみです。
第二部は、会員の河野きよみさん(1931年生まれ)の被爆体験です。白木町出身の河野さんは原爆投下の翌日、2人の姉を探すために母とともに広島市内に入市し、地獄絵巻の惨状を目の当たりにしました。思い出すのも恐ろしく、長くその体験に触れることはなかったそうですが、70歳になった時「描き残して伝えなければ…」と、絵本「あの日を私は忘れない」を執筆。当日は絵本をスクリーンに映写して証言して下さいました。
「コノ有様ヲ伝へヨト天ノ命ナランカ」…原民喜の言葉と響き合うお話や朗読、大変有意義な生誕祭になりました。皆さま本当にありがとうございました。
事務局からのお知らせ🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱🌱
昨年度はコロナ禍のため、集いは年に一回となりました。文学散歩も人数を
抑えての開催となり、会員の皆さまにご参加頂ける行事が大変少なくなって
しまいました。当会の活動経費は会員各位の会費によって賄っておりますの
で大変心苦しく、深くお詫び申し上げます。
感染症予防に外出を控えた方々も多くおられると存じ、従来は集いにご
参加の方だけに配布しておりました、当会の研究資料を会報(p10~p15)に掲載
致しております。また、文学散歩のガイドブック「文学散歩のしおり」(全頁
カラー版 B5サイズ全18頁 別途カラー版B4マップ付) も、まだ若干の残部が
ございます。ご希望の会員さまには無料でお分け致しますので、事務局までご
連絡ください。(長津☎︎090 9065 5345 )
(カラー版につき制作経費が嵩みました。会員外でご希望の方は申し訳
ございませんが、印刷代+送料 300円でお分けさせて頂きます。
ご了承ください。)
【「原民喜初期作品集」在庫あります】
広島花幻忌の会刊行の「原民喜初期作品集 死と夢 幼年画」。
(2011年11月発行、203頁) 原民喜の戦前の短編集「死と夢」「幼年画」を全て収録した、大変趣深い作品集です。内容に比して大変な廉価版で長く売り切れ状態になっていましたが、この度若干の在庫が見つかりました。ご希望の方は、事務局長津までお電話でお申し込みください。振り込み用紙同封で発送致します。
(送料税込1000円) 広島花幻忌の会 事務局長 長津☎︎090 9065 5345
広島花幻忌の会 代表 友光民子
顧問 原時彦
事務局長 長津功三良
メールアドレス:hananomaboroshi@yahoo.co.jp
事務局 📞 090-9065-5345
#花幻忌 #原民喜 #永遠のみどり #ヒロシマ #平和 #朗読 #音楽
(※ 以下の記事は2020年11月下旬公開済みでしたが、当会の手違いで昨年末
以来非公開扱いになっておりましたので、再投稿いたします。
長らくご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。)
例年になく暖かな霜月の日々が続いておりますが、
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
広島花幻忌の会では、去る11月15日、原民喜生誕日に因んで恒例の
生誕祭を開催致しました。
ご参加の皆さまのご協力により、無事に終えることができました
ことに厚く御礼申し上げます。
以下、写真と共にご報告いたします。
遺影の前に献花し、民喜や原爆犠牲者の方々に黙祷を捧げます。
最初は朗読コーナー。
広島市内の高校生2人が『原爆小景』から「日ノ暮レチカク」・
「コレガ人間ナノデス」、「小さな庭」から「かけかへのないもの」
などを朗読。
最後は声を合わせて、詩「永遠のみどり」を謳い上げるように。
「…とはのみどりを/とはのみどりを/ヒロシマのデルタに/青葉したたれ」。
作品の言葉が余韻する中、
「私たちの生きる未来には、戦争も核兵器も必要ありません。
平和な未来を作るため、これからも努力します!」と高らかに宣言し、
会場からは大きな拍手が湧き起こりました。
続いて会員の高田裕志さんによる、小説「永遠のみどり」の朗読です。
「梢をふり仰ぐと、嫩葉のふくらみに優しいものがチラつくようだった。
樹木が、春さきの樹木の姿が、彼をかすかに慰めていた。…」。
静かで落ち着きのある声が、会場内に響いてきます。
若者たちの瑞々しい朗読とは、また一味違った、大人の「聴かせる朗読」です。
小説「永遠のみどり」は、民喜が自らの自死前年の1950年4月に、
最後の帰郷を果たした折の出来事を描いた作品。
作品全体に、民喜が愛してやまなかった「みどり」の描写がちりばめられ、
彼が最後に目にした故郷の姿を彩ります。
「…子供の時、見なれた土手町の桜並木、少年の頃くらくらするような気持で
仰ぎ見た国泰寺の楠の大樹の青葉若葉、……そんなことを考え耽けっていると、
いま頭のなかは疼くように緑のかがやきで一杯になってゆくようだった。」…
民喜の眼には、未だ広島の至るところに「死と焔の記憶」が映っています。
しかし「平和講演会」に集まった人々の平和を求める熱意を前に、彼の眼前には
「緑色の幻」が現れてくるのです。
聴き入る会場内の方々の心にも、「緑の幻」が蘇ってきます。
「目を閉じて朗読を聴いていると、戦前の広島の風景がありありと
思い出されてきました。国泰寺の楠の大樹は、そう、その通りでした。
立派な太い太い幹に、葉が青々と茂って、枝は電車通りに覆い被さ
っていて、電車の上の方まで届かんばかりでした。
聴きながら、あの頃が懐かしくて胸が一杯になり、涙が出そうになり
ました…。」
そう感想を漏らされたのは、古くからの会員さん(87歳:女性)。
「みどりと言えば、饒津神社辺りも鬱蒼とした杜でした。
深い深い葉の碧さ、濃い緑、新緑の若葉のみどり…。木々はどれも
幹が太く立派で、昼間でも薄暗いくらい。
静かで厳かな感じがして、しっとりとした潤いに満ちていました。
松の並木が続いていて、赤松も黒松も沢山ありましたねぇ…。
今とは全然違っていたんです。ああいう昔の風景を、民喜さんは
本当によぅ書いて下さったと思います。
聴きながら、懐かしい戦前の風景が、一度に蘇ってきました」。
朗読によって蘇る言葉の力…。素晴らしいですね。
高田さん、情感溢れる朗読を本当にありがとうございました。
続いて会顧問で原民喜甥の原時彦さんが、小説に描かれた
場面に関しての証言を語ってくださいます。
小説「永遠のみどり」には、民喜が最後の帰郷の折に幟町や
「夏の花」で行動を共にした次兄の店を訪れて、
「みんなが揃っているところを一寸だけ見せてください」。
と、暇乞いをするかのように身内の者一同の顔を眺める場面も
描かれています。
「次兄」とは、原さんのお父さま。一家は時彦さんのご家族で、
民喜の願いに応じて出てきた一同というのも、原さんご自身や
ご兄弟姉妹です。
『母によると、その日夜、表戸をトントンと叩く音がして、出ると
父と一緒に民喜が立っており、民喜が「みんなを起こしてもらえ
ませんか」と言ったんだそうです。』
『私はまだ子どもでしたから、寝とったのを起こされて会いに出て
きたんですが、民喜は一人一人の顔をじっと見て、「ふんふん」と
納得したように頷いて、
「夜分遅くにすみませんでした、お邪魔しました、それでは…」
と帰っていきました。
その時はわからなかったんですが、後であれは民喜のお別れの挨拶だったん
だなと思いました…』
大変貴重な体験談です。「夏の花」に描かれた民喜一行が、
そのまま丸ごと自身のご一家である原さん。
民喜自身の遺言により、原さんは彼の著作を管理する役目を命じられ、
長年に渡って「民喜の代役」を務めてこられています。
民喜が自身の帰郷や平和講演会などを描いたエッセイ「ヒロシマの声」
なども紹介。
来年数えでの米寿を控えた現在もなお、その役目をきちんと遂行されて
います。
天国の民喜さんも、きっと微笑んで下さっていることでしょう。
第一部の締め括りは、広島市立大学特任教員・片島蘭さんに
よる、「基町資料室」のお知らせです。
資料室は、今年10月1日にオープンしたばかり。
場所は、今回の会場「中央公民館」から徒歩数分、基町郵便局
のすぐ近くです。
街の活性化を進める「基町プロジェクト」の活動の一環として
開設され、戦前の基町や復興期を伝える写真や資料、市営基町アパート
の模型なども展示されています。
「原民喜さんの作品に描かれた、昔の基町の様子もご覧いただけ
ます。是非ご覧下さい!」と、片島さん。
資料室は、月・火曜日を除く毎日の、正午から午後5時まで開館
しており、入館無料。展示物は定期的に入れ替え、イベント
も随時開催予定だそうです。今後も益々楽しみですね!
※「基町資料室」広島市中区基町18-4-1 分散店舗208号 ☎︎092-555-8250
続いて第二部は、河野きよみさんが経験された、被爆体験です。
広島県白木町出身の河野さんは、被爆当時14歳の女学校2年生。
原爆投下翌日の8月7日、宇品に嫁いでいた長姉、広島市内で
看護婦をしていた次姉さんを探すため、お母様と広島市内に
入って、原爆投下直後の様子を目の当たりにされています。
「市内に近づくに連れ、被爆されて逃げてくる方々の行列が
長く長く続いているのが、目に入ってきました。
もう、人間ではない、お化けのような姿で歩いておられるんです…。
市内は街中が負傷者や死体だらけでした。熱線に灼かれた身体は、
2倍にも3倍にも膨れ上がり、赤鬼のよう。男か女かもわかりません。
目玉が飛び出た人、内臓が流れ出している人、炭の棒のように
なった死体の方もおられました。もう、怖くて怖くて…。
母親にしがみつきながら必死で歩きました…。
歩いていると、足先にグニュッとした感触がするんです。
それは、酷い火傷をして倒れている人たちの死体でした…。
まだ虫の息で、生きておられる方もおられるんです。
怖くて見たくない、でも下を見なければ踏んでしまいます。
あの日のことは一生忘れることができず、思い出すこと
さえ恐ろしく思っていました…」。
多感な少女時代に、阿鼻叫喚の地獄絵の中を彷徨う体験をされ
た河野さん。
高齢になるまで、その体験に触れることができなかったそうですが、
年齢を重ね70歳になった時、あの日のことを書き残すべきだ、
と思い直したそうです。
思い切って絵筆を執り、広島NHKが募集した「市民が描いた原爆の絵」
に応募。それがきっかけとなり、あの日のことを絵日記のように
まとめた絵本「あの日をわたしは忘れない」を出版されています。
上のスクリーンに映っているのは、広島赤十字病院の花壇の上に、材木の
ように積み重なって死んでいた、同年齢の中学生たちの絵です。
『…中々絵筆が進まず、愚図愚図していた時、あの少年たちが夢に出てきた
んです。「早く、僕たちのことを描いてください。僕たちのことを代弁して
ください」。と、叫んでいる夢でした…。うめき声、泣き声が聞こえてくる
ようで苦しくなりましたが、どうしても描かなくてはならない、と思ったん
です』。
迫真のお話に参加者の方々も皆、心を傾けて聴き入っています。
『「お腹いっぱいご飯を食べたい」「お母さんに会いたい」
「お友達と遊びたい」「勉強やスポーツをしたい」…。
きっとそれぞれに、沢山の夢や希望があったでしょうに、
彼らは一瞬の光線によって僅か13、4歳で死んでしまいました。
原爆にさえ遭わなかったらと思うと無念でなりません。
でも、人間は希望を失ってはならないと思います。一人ひとりの
小さな声でも、沢山集まればきっと大きな力になり、平和な世界を
築いていけると信じています』。
最後にそう訴え、朗読の高校生たちにも一人ひとり、声をかけた河野さん。
高校生たちも前を向き、しっかりと頷いていたのが印象的でした。
「コハ今後生キノビテコノ有様ヲ伝へヨト天ノ命ナランカ」(原民喜「被災時のノート」)
との言葉が、会場内にいる人々の心にも蘇ってきます。
貴重な証言に、心から感謝いたします。
参加者の皆さま、貴重な証言をお聞かせくださった原時彦さん、
河野さん、また朗読の高校生や高田さん、基町資料室の片島さんら、
大変多くの方々のお陰をもちまして、有意義かつ心温まる集い
になりました。
厚く御礼申し上げます。
皆さま、本当にありがとうございました。
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⭐️なお、同日11月15日には、生誕115年を迎えた民喜さんに、
もう一つの誕生日プレゼントがありました。
この日の「HIhukusyoラジオ」は、民喜の詩から題名を取った著作、
「パット剥ギ取ッテシマッタ後の世界へーヒロシマを想起する思考」
を書かれている柿木伸之さんへの奥行き深いインタビュー。
「夏の花」抜粋を朗読して下さったのです。
和やかで温かい、心のこもった大変素敵な朗読でした。
「Hihukushoラジオ」で検索クリックすると、どなたでも無料で
お聴きになれます。
バックナンバーも、広島花幻忌の会初代会長の息子さんである大牟田聡さん、
会員の切明千枝子さんへのインタビュー等、聞き応えのある番組が揃ってい
ます。どうぞお試しください!
# 原民喜 # 夏の花 # 平和 # ヒロシマ # 花幻忌 # 永遠のみどり