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広島花幻忌の会(原民喜文学の研究・継承)

当会は、原民喜の文学を愛する人々の集いです。会からのお知らせを随時更新します。

2019年 原民喜 春の碑前祭「花幻忌の集い」ご報告②

休憩を挟んで、坂口博美さんの証言講話です。

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 中区小網町出身の坂口さんは、原爆投下当時小学5年生。ご自身は学童疎開をしており助かりましたが、建物疎開で細工町に移り住んでいたご両親をはじめ家族6人が亡くなりました。復員してきたお兄さんによって育てられ、本川小から第六中学(現在の江波中)へ。舟入高校在学時にこれらの体験を記し、その手記は原爆体験記集「原爆の子」に掲載されました。

 坂口さんは戦後ABCC(放射能影響研究所)に職を得て、被爆者の健康調査などにも携わってこられました。「放射能の影響は、まだまだ分からんことが沢山あるんです」。

  戦争と原爆に翻弄されてきた坂口さんの人生。その言葉は切実な重みがあり、参加者ひとりひとりの心にずっしりと響いてきました。

 

最後に、原民喜の甥で著作権継承者(広島花幻忌の会顧問)・原時彦氏のご厚意により、同館に保管されている民喜直筆原稿(「火の子ども」「鎮魂歌」「魔のひととき」「美しき死の岸に」の4作品)と、原爆被災時の手帳の特別公開がありました。

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 被爆の様子をリアルタイムで記し、民喜が小説「夏の花」を著す基になった手帳や貴重な直筆原稿の数々に、参加者の方々は熱心な眼差しで見入っていました。

「原稿も手帳も劣化が激しく、公開するのはこれで最後になるのではないか」と言う原時彦さんは「民喜の文字と言葉に触れ、平和への思いを深めてもらえたら」と参加者への願いを語られました。

この集いの様子は3月11日付中国新聞(上)や読売新聞(下) でも報道されました。

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集いの開催にお力添えくださいました方々、足を運んで下さった参加者の皆さまに心より感謝致します。なお今回は不手際あり催しの事前告知をネット掲載できず、会報でのお知らせのみになってしまいました。深くお詫び申し上げます。(下は会報「近状通信」で紹介した朝日新聞(2019年1月9日付 関東版夕刊)記事。)

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#原民喜命日 #花幻忌 #平和  #夏の花 #広島